最近、AIを仕事に取り入れすぎて、ついに頭がまわらなくなるという経験をしました。
最初は非常に順調だったのです。プログラミングのコードを書くことは、私にとって計算機を扱う感覚と同じでしたし、画像生成も以前からレンタルフォトストックで素材を探していた経験があったため、頭の使い方はそれまでと変わりませんでした。
しかし、試しにデザインそのものをAIで生成してみたところ、脳に異変が起きました。
思考を拒否し始めた脳
デザインをAIに任せた瞬間、脳が「もう全部AIでいいじゃん」と深く考えることを拒否し始めたのです。
AIなら一瞬でそれっぽいものが出来上がります。これまで理論立てて積み上げてきた思考回路が、スピードと手軽さを前にして、まったく機能しなくなってしまいました。
何度生成を繰り返しても手応えがなく、それなのに頭は疲弊してまわらない。
AIが得意なコーディングなどのタスクはどんどん消化できるのに、肝心のデザイン仕事が進まない。
達成感も、心地よい疲労感すらもなく、気がつくと空虚なまま一日が終わっている、そんな状態に陥りました。
アナログへの回帰と脳の再起動
このままではいけないと感じ、私が取った行動は、とにかく紙にラフを描くことでした。
どんな些細なことでも、思いついた言葉や簡単な図形でもいい。一度AIを完全に断ち切り、自分の手を動かして物理的に描く。そうすることで、止まっていた思考の歯車が再びまわり始めました。
一方で、NotebookLMのようなツールはまた別でした。
これらは自分の考えを整理し、まとめてくれる存在なので、むしろ脳を活性化させてくれる感覚がありましたし、そもそも考えはすでにまとまっているので、その資料自体に価値はないのです。
なきゃないで困りませんし、プレゼンの時にあればカッコがつくかな?程度のものですので、そこは時短でサクサクと作れて大変有意義でした。
自分自身の思考を補助してくれるものと、思考そのものを奪ってしまうもの。その違いを肌で感じることになりました。
自分を保つためのAIとの線引き
今回の経験を経て、私の中でAIを使う明確な線引きができました。
それは「その作業が自分のコアであり、自分がやることで自分のスキルアップにつながるかどうか」です。
特にデザインという分野は、苦悩しながら手を動かすほど、自分のスキルとして蓄積されていきます。
今では、デザインを考える時間はもはや自分のためにやっているのだと割り切っています。
自分の核となる部分までAIに明け渡してしまうと、達成感が失われ、精神を病んでしまう。
便利さの裏側にある、自分の芯を守ることの大切さを痛感した出来事でした。

