ここ1〜2年で、AIは一気に身近な存在になりました。
文章生成、プログラミング、計算や要約など、日常業務の中でAIを活用している人も多いと思います。
私自身も、AIは日常的に使っています。正直、もう「ないと困る」レベルです。
一方で、画像生成については少し話が違うと感じています。
特に、
- 企業のWebサイト
- 広告
- 商品紹介ページ
といった「信頼」や「判断材料」になる場面では、
まだまだ注意が必要だと感じています。
ちなみに試しに生成してもらいました。
ぱっと見ではAIだと分からない破綻のないクオリティのものが生成されました。


なぜAI画像は拒否反応が出やすいのか
① 単純に「なんか気持ち悪い」「この世のものではない感じ」
まず一番多いのが、
理屈ではなく 感覚的な違和感 です。
- 光の当たり方
- 人の動き
- 空気感
- 現実との微妙なズレ
- きれいすぎる、整い過ぎている
一つひとつはきれいでも、
全体として見ると「どこか現実じゃない」。
特に人が写っている場合、
この違和感は一瞬で伝わります。
最近では、実際はAIではない写真なのに「AIっぽい」という理由で炎上する
ケースも出てきています。
今はもう、
「AIかどうか」より
「AIに見えるかどうか」
の段階に入っていると感じます。
② 学習元への配慮が欠けていると感じる点
AI画像生成は、
これまでに誰かが時間や労力をかけて作ってきた
写真やイラスト、映像などの膨大なデータを学習元として成り立っています。
法的には問題がないとされるケースも多く、
利用規約上もクリアしているサービスがほとんどです。
ただ、そこに対して
- 知らないところで自分の写真も学習に使われている感じがする
- 敬意が払われていないように感じる
- 誰の表現なのか分からない成果物になってしまう
といった、感情的な違和感を覚える人が少なくありません。
特に、
写真家やイラストレーター、映像制作者など、
これまで表現を積み重ねてきた人たちの存在を知っているほど、
この点は引っかかりやすいように感じます。
これは、
「違法かどうか」という話ではなく、
受け取る側の感情や倫理観の問題です。
企業がこうした画像を使う場合、
この違和感を抱く人が一定数いる、という前提を
無視できない時代になってきていると思います。
③ 手抜き・楽している・安くあげようとしている印象
企業や広告の文脈では、AI画像が
- 手抜きしているように見える
- 楽をしているように見える
- コストを削ろうとしているように見える
という印象を与えてしまうことがあります。
実際にそうかどうかではなく、そう見えてしまうこと自体が問題です。
これまでカメラマンやイラストレーターが担ってきた部分を、一気に置き換えているように感じる人もいます。
特に「商品ページ」は、見た人が「買う・買わない」を判断する場所。
ここで不信感が生まれると、取り戻すのは簡単ではありません。
④ 騙されている気がする
AI生成画像に対して、
「騙されているように感じる」という声も少なくありません。
それは、
- 事実と違うことが書いてある
- 嘘の説明をしている
という意味ではなく、
それらしい表現を使って、実在しないものを“本物のように見せている”
と感じてしまうことへの違和感です。
特に商品ページや広告では、
- 実際に存在しないシーン
- 実際には起きていない使用イメージ
- 現実よりも過度に美しく理想化された見た目
が、あたかも事実であるかのように提示されることで、
これは本当の姿ではないのでは?
うまく作られた虚構を見せられているのでは?
と受け取られてしまうことがあります。
結果として、
- 嘘をつかれたわけではないけれど
- 正直に見せてもらえていない気がする
という、信頼の揺らぎにつながります。
この感覚は、「AIだからダメ」というよりも、
企業や商品に対して、誠実に向き合っているかどうか
を無意識に測られている状態だと思います。
「イメージ用途」と「商品紹介」は違う
個人的には、
- 抽象的なイメージ
- なんとなくきれいな風景
- 特定の商品と結びつかないビジュアル
であれば、
AI画像が使われる場面があってもいいと思っています。
ただし、
- 実際の商品
- 商品の使用イメージ
- 見た目・質感・雰囲気が判断材料になるページ
では、AI生成画像は実物から離れて見えてしまう
と感じる人が多いのも事実です。
結論:企業ページや広告では慎重に
まとめると、
- AIはとても便利
- 文章生成や計算ではすでに実用段階
- しかし画像生成は、まだ受け止め方が分かれる過渡期
特に、企業のページや広告、商品紹介では、
できる限りAI画像を使わないことをおすすめします。
どうしても使う場合は、
- AI生成画像であることを隠さない
- オープンに明示する
- 誤認を招かない表現にする
といった配慮が必要だと思います。
「きれいだから」「早いから」ではなく、見る人がどう感じるか を基準に考える。
いまはまだ、その慎重さが求められるタイミングだと感じています。



